けいが文章を書く場所

推敲なんぞ、せん。(タブン)

競争の土俵が1つしかないから”強み”が認識できないし、楽しく生きられない。

 

今日は神戸に帰ってきておりますけいです:)

明日、歯医者と美容室の予定がこっちで入ってるの。

 

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こないだほんの少しだけ紹介した、「悩みどころと逃げどころ」を読んでいて、ふむふむと思わされる面白い部分があったので、小生の考察とともに。

ちなみにまだ読み終わってません…丁寧に考えながら読むと時間がかかるのです!笑

 

思考の整理として。

 

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リアルな社会とかけ離れた学校

リアルな社会には大原則として、「競争」ってのが存在します。

なのに学校は、極力それを意識させないように排除しようとしてますね。

 

 

学校において「競争」というと、お勉強のみです。

学校のテストや模試の点数だけが、学校における競争の土俵です。

テストの点が高ければ評価されるし、低ければ怒られる。もっと勉強せいと説教をくらう。

他で判断・評価されることはほとんどありません。

 

 

でも、社会に出たら、学校で長い時間をかけてやってきたお勉強なんて全く関係がない世界で生きてる人ってめっちゃいます。

この本で使われている例を出すならば、ソムリエとか料理家っていう人たちは、学校では1ミリも評価されなかった「味覚の敏感さ」をフルに発揮して生きてるわけです。

 

 

ちゃんと”強み”はあるけどお勉強はできない人たちは、今の学校では評価されません。

だから、「あぁ、おれってダメ人間やなぁ」って思い込んでしまう人が生まれるんです。

べつに勉強ができないからってそんなことないのに。

 

 

”強み”を認識しづらい学校 

お勉強以外で自分の”強み”を認識することができないのは、学校における競争がお勉強以外にないからです。

競争で他の人に勝てば、それを”強み”として認識しやすいんですが、学校ではお勉強以外の競争が排除されています。

 

〈”強み”を認識することで、楽しく生きられる〉

ぼくは、”強み”を認識することが、楽しく生きるために必要だと思っているので、”強み”を認識させることができないってのは、致命的だと思ってます。

”強み”を自認して、自分でとりあえず一生懸命取り組んでみれば自然と楽しくなってくるもんです。

 

あ、

ちなみに”強み”って、必ずしも「他の人と比べて能力的に秀でてる」必要はありません。

「それをやっていると楽しいと感じられるんです!!」っていうのも、大きな”強み”です:)

というか能力云々よりも、楽しいと感じられたらそれでもう勝ちやと思ってます笑

 

 

 競争の選択肢

ちょっと余談を挟みましたが、それでは”強み”を認識させるには学校はどうすればいいのか。

 

答えは単純で、お勉強以外の競争機会の選択肢を学校が設ければいいですね:)

さっき言った「味覚の敏感さ」だっていいです。

お笑い、文章力、スポーツ、腕相撲大会とか歌声コンテスト、イケメンコンテストとかもいいかもしれません笑

 

 

もっとたくさんの競争機会を選択肢として用意して、その上で選ばせてあげることによっていろんな競争を経験させ、早いうちから”強み”を認識できるようにしないと、消えていく才能ってたくさんあると思います。

大いなる損失ですね。

 

 

「まぁまぁ優秀な子」を消しちゃうゾ

ずば抜けて能力の高い子なら、小学生・中学生くらいからもう誰が見ても優秀で、普通の子と同じように学校に行ったりはせず、その道のプロを目指すように周りもサポートしたりしますが、そこまで秀でてるわけでもないけど「まぁまぁ優秀な子」だとそれができません。

 

 

そうなると今の学校教育では、「まぁまぁ優秀な子」は、自分が優秀かどうかにイマイチ自信がもてないので、能力を開花させることができないまま消えていってしまいます。

それは本人にとっても、社会にとってももったいないことですよね。

 

 

 ****

 

もしさまざまな競争を経験した上で”強み”が見つからなかったとしても、「自分は”強み”がない/認識できていない」ということを知るのも大切なことです。

”強み”がないなら、ないなりにどうすればいいのかとか、誰しも”強み”や弱みがあるのだってことを考える機会になります。

 

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 なんか長くなりましたが、色々考えさせてくれる本はいいっすなぁ:)

考える入り口にするのにとってもいい本です。

悩みどころと逃げどころ (小学館新書 ち 3-1)

悩みどころと逃げどころ (小学館新書 ち 3-1)

 

 

 おしまい。